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2016年2月 4日 (木)

たーちゃんについて。《脊髄梗塞》

つづき…

健康になったように見えても、子宮蓄膿症からここまでの道のりが1年数ヶ月と長かったので
半信半疑のような、そんな毎日を送っていました。
それでも楽しくお散歩へ行き、食べもの以外は気を遣わずに生活をしていました。

困ったのが父との関係です(^_^;)
腎臓を悪くするまでは、父が毎朝食べるヨーグルトを、たーに仲良くお裾分けしていたけれど
それを中止。
毎晩、父がおかずを(わざと)食べこぼして、たーに分け与えていたのに
それも“あげないで”ときつく言っているので
「へちゃ(たーのこと・父にとって動物はすべてへちゃ)は、おれが美味しいものをくれると期待にしてるのに可哀想…」と父が(^_^;)
あの、アイフルのワンコ同様、うるうる瞳のたーちゃんに見つめられると弱いわけです。
こっそり私の目を盗んでお裾分けして、数値があがっちゃったりして
何度「お願いだから止めて」と言ったことか。

Photo_4

実は父は子供の頃、野良犬に追い回されて咬みつかれた経験があるそうで
動物が大嫌いなのです。
だから、先住猫のへちゃのこともそれほど可愛がっていなかったのだけれど
ここのところ、たーちゃんを可愛がっている節があることが、なんだか嬉しかったのです。

本来私は人間の食べるものを犬に与えるのは反対でした。でもあまりにも父とたーが仲良さそうだったから
味のない肉や、軟骨、少量の野菜については黙認していて。そのツケがここで回ってきたわけです。
やっと病院通いしなくても良くなりそうなのだから、細心の注意を払いたい…
で、結局、夕食時に少量の茹で野菜を父のお膳に並べて
それをたーに与えても良いことにして一件落着しました。
完全なる健康体では無くなってしまったけれど
そんな風に病気とうまく付き合いながら生活していこう、と前向きに捕らえ始めていました。

H26年年末~H27年年始には、私の妹家族もやってきて賑やかに過ごしました。
妹の子供は三人。
上の息子「りょう」は六年生。彼は小さな頃から私の家に年中泊まるので、たーちゃんはりょうが大大大好き。
二番目の「ちゅん」一年生。子供嫌いのたーですが、この頃やっと仲良くしてもいいかな、と思い始めた様子。
三番目の娘「ゆいたん」はまだ学校に上がっていません。ってわけで、たーちゃんはゆいたんが大の苦手。

Photo
《お正月。たーちゃんは、りょう(左)とちゅん(右)が大好き!こやってよく勝手に仲間に入ってました。》

でも、ゆいたんは、たーちゃんと仲良くなりたくて仕方なかったわけです。
そして、にーちゃんたちには懐くのに、自分の所にはきてくれない、それがまた
さびしくて、たーちゃんに“仲良くして!!”の猛烈アタックしていたわけですね。
そのたびにたーは私の所へ唸りながら避難しに来ていました。
ときに、私の膝に避難しているたーを「ゆいたんもだっこした~~~い!」と
無理矢理むしりとっていくこともあって、抱っこしている時にゆいたんが近づくと
ゆいたんに唸ったりしていました。

Photo_2
《ふゆぅ・たくみ・ゆいたん・たーちゃん。お正月に撮影》

H27年元旦が終わり、子供らは帰って行きました。
帰って行ったけれど、相変わらずたーは私に必要以上にひっつくようになっていて
私がたーを抱っこしている横を、ふっと誰かが横切っただけで「うーっ」と唸ったりしていました。
普段、人に唸ったりしないコです。なので、よっぽど正月追い回されて疲れたのかな、と思っていました。
たーが座っている横を通っただけで、唸ったりもしていました。
え、そんなに??と思っていた1月半ば。
抱っこしようとしたら、「ひゃん」と鳴いたのです。あれ??どこか痛かった??
けれど、どこも痛そうな様子はないし…なんてことがその後も数回あり、
お医者に連れて行こうかな、と思っていた…そんな矢先の
1月27日の朝。
毎朝出勤のとき、「行ってくるよ」と声を掛ければ、たーちゃんはいつもどこかに潜り込んでいても
ちゃんと出てきます。なのに、その日は出てきませんでした。
たーの潜り込んだお布団をめくり、「なによ~、寒いの?」と、たーにキスしようとしたら、
たーがいきなり「がうっ」という声と共に私に噛みつこうとしたのです。

Photo_3
《寒い日は、よくこうやってお布団に潜ってました。》

もちろん実際はかみつきませんでした。が、今まで私に噛みつこうとしたことはおろか、ガウったことさえなかった
わけですから、いくら年末オコチャマにもみくちゃにされて疲れているとはいえ
あんまりでは????と私はショックでショックでショックで。
たーのマズルをつまみ、「たー!!いけないっ!」と叱ったのです。
たーちゃんはのろのろとお布団から出てきて、私の顔を「ごめんね、ごめんね、」と言うように一生懸命舐めていました。
私はなんとも複雑な気持ちのまま仕事へ行き、いつもどおり家に戻ると…
たーがやっぱり出てこないのです。
「たー、おいで!」それでも出てこない。「たー!!お・い・でっ!!」……
すると、いつものテレビの下のカクレガから、たーがでてきました。
でも、のろのろと…後ろ足を引きずって、よろけているのです。

初め、前庭疾患の再発かと思いました。「繰り返すこともある」と言われたからです。
でも、どうも前と様子が違うのです。
頭の傾きもないし、前庭疾患の時は、片後ろ足だけを引きずっていたけれど
この時はどうも両足後ろとも動きづらいようすでした。
でも、それほど痛がる様子もなく…
その日はもう遅かったので、病院へは連れて行きませんでした。
でも、どうにも落ち着かず、ネットで調べてみたところ
どうも症状的に「ヘルニア」ではないか、と思いました。
ヘルニアだとしたら、後遺症が残るかどうかは手術までの時間で決まる、と書いてあり、
翌日H27年1月28日(水)仕事を半休し、
あまりにも不安で心細かったので、姉のまうさんにも付き添って貰って(わざわざ休みを取って貰い)
朝一番で「子宮蓄膿症」を治療して貰ったK動物病院に連れて行きました。

先生は入念に体中をチェックして下さいましたが、これはMRIを撮らないとなんとも診断できない、とおっしゃいました。
場合によっては手術が必要になる可能性が高い、ということだったので、「ヘルニアですか?」と
聞いて見ました。しかし、可能性は高い、としながらも断言なさいませんでした。

そこで、2カ所MRIを撮れる施設を示して下さいました。ひとつは日本獣医生命化学大学付属動物病院(通称・獣医大)。
それと、それの関係の動物病院。
ただ、もし手術になるのなら、獣医大付属の方がMRIの後すぐ、麻酔の効いたまま手術をしてもらえるから
患獣にとって負担が少ないのでそちらのほうが良いのではないか、と先生がおっしゃいました。
私が獣医へ問い合わせをしてみますから、と先生がおっしゃって下さったこともあり、お任せしました。
獣医大から返事が来る間、まうさんと二人たーを抱っこして待合室でずっと待っていました。
ところが、獣医大学のスタッフは「折り返します」といったっきり、いくら待っても折り返し無し。
先生に「今日中に連絡はくるだろうけれど、いつくるのかわからないので、家で待機して下さい。折り返しの連絡が来次第
お電話します」といわれ、たーを連れて家に戻りました。

家に帰り、落ち着くまもなく
とりあえずは職場へ連絡を入れ状況を話し午後も休ませて貰うことにしました。
そして3日後にペットサロンのお風呂に予約を入れていたので
キャンセルの電話を入れ、いつも担当してくれる新人の女の子に事情を話し電話を切りました。

すると、しばらく経ってからペットサロンオーナーのWさんから私の携帯に電話が入りました。
「いま話聞いたけど、どうしたの?!」とおっしゃるので、また一から事情を話しました。
すると、
「そんな、もしヘルニアだったら時間との勝負なんだよ?!獣医大なんて、全国から患獣がくるんだから
予約なんてずっと先になっちゃうよ!?だって、未だに返事も来ないんでしょう?」と。
「そんなの待ってたら、サラちゃん歩けなくなっちゃう!うちのワンコたちが掛かってる病院に今からいこう?!
そこは、脊髄関係の権威だからっ!今すぐ私病院に電話入れとくから!」とすごい勢い。
私は、何しろもう不安で死にそうだったし、もう頭が真っ白で「はぁ…でも…」ともごもご返事しました。

もう1年以上、月1ペースでそのペットサロンのお世話になってはいるものの、人見知りの私は、
特別オーナーのWさんと親しくしているわけではありませんでした。
オーナーさんがどういう方なのかよくわからないし、どこまで甘えて良いかも解らなかったし
なにより、K動物病院には子宮蓄膿症の時に助けて頂いたという恩がある…先生も信頼している。
今、他の病院に掛かるってことは裏切りじゃないか?そんな気がしていました。
それを察したオーナーのWさんが「ママの気持ちもわかるけど、義理とサラちゃんとどっちが大事なの?!?!
時間との勝負だって、獣医だったら普通解るんだよ?それを悠長に待て、なんて、言ってることがおかしいの!
あの先生(K動物病院)は歯医者さんなんだから…」
(※余談ですが、Wさんのお話しでは、獣医師だって人間の医師同様、専門があるということで
今まで掛かっていたK動物病院の先生は歯科を得意としている、ということでした。
言われてみれば、確かにそうなんです。)
「ママが連れて行かないんだったら、私これからそっちいってサラちゃん勝手に連れて行っちゃうからっ!」と。
そこで私は瞬時に考えたの。
そうだ、そうだよ。大事なのはたーちゃんだった。迷ったのは、たーちゃんの為じゃなくて
Wさんの言うとおり、“恩”というより“義理立て”なんだって。

そして、その昔、うちの長男が重篤な先天性心疾患で危なかった時も同じことがあったのを思い出した。
初めに掛かった都内の大病院で1年後に手術の予定が入っていたけれど
父の知人の医師から、その当時心臓病の絶対的な権威であった(今もかしら?)
東京女子医大付属心臓血圧研究所へのセカンドオピニオンを勧められていたの。
私は、初めに掛かった大きな病院の先生もとても親切だったこともあり、その時も迷ったのです。
でも、「手術が1年先で良いとはとても思えない、心配だ」と、父があまりにも強く強く希望するから…
私は気が進まなかったけれど、セカンドオピニオンに訪れたところ、そのまま緊急手術となり、命を繋いだことがあった…

そして私は決心し
「わかりました。すぐそちらに伺います」とWさんに返事をしました。
そしてK動物病院にもすぐに電話を入れ、事情を話したことろ
先生は「そうですか…では獣医大にはキャンセルの電話を入れますので。お大事に」と冷たい感じでした。

電話を切ると、急いでたーちゃんを連れ、まうさんと一緒にペットサロンへ向かいました。
サロンの前に車を停めるとオーナーのWさんが待ち構えていて、
「もしヘルニアだったら、なるべく動かさない方が良いから。これでぐるぐる巻にして、なるべく水平に抱っこして」と
バスタオルを渡して下さいました。
そして、たーを撫でながら「さらちゃん、大丈夫だからね、きっと治るからね」とおっしゃって下さり
私は思わず涙がこぼれてしまいました。
すると、私にも「大丈夫だよ、ママ、心配しない、大丈夫大丈夫!泣かなくていいよ、絶対大丈夫なんだから!」と
励まして下さいました。
「大丈夫」なんて、なんの根拠もないし、私だったらなんだか無責任な気がして
おいそれとは言えないのに、私はこの時のWさんの「絶対大丈夫!心配しない!」という言葉で
とても救われた気持ちがしました。

Wさんの車の後に着いて20分ほど運転すると、上石神井にあるKam動物病院に着きました。
丁度休憩時間中でしたが、Wさんが連絡を入れて下さっていたので
先生が二人、たーを迎えに出て下さいました。
診て頂くと、やはりすぐにでもMRIを撮る必要があるとのこと。こちらの病院にもやはり設備がないので
すぐに以前“前庭疾患”でCTを撮った、キャミックに予約を入れて下さり
そのまま向かいました。
キャミックには、たーのカルテが残っていたので、話が早く
たーを預けて、また時間をつぶしに外へ出掛けました。
その時のことは、あまり覚えていません。ただただ不安だったのは確かだと思いますが…
キャミックに戻り、受付に戻ったことを伝え、待合室で待っていると
先生が出ていらっしゃいました。
そして、「気になるでしょうから結論から言うと、ヘルニアじゃありませんでした。
詳しくはこの後すぐ話しますが、脊髄梗塞と言って、手術をしなくても時間が経てば歩けるようになります」とおっしゃいました。
緊張の糸が切れ、ほっとして、姉のまうさんと一緒に手を取り合って「よかった、よかった」と泣きながら喜びました。

その後部屋に通され、MRI画像を見ながら詳しい説明を聞きました。
脊髄梗塞というのは、何らかの原因で脊髄の血管が詰まった状態だそうです。その為に麻痺が出るのだそうです。
これが人だと結構大変らしいけれど、犬の場合は詰まった血管の替わりにまたどんどん脇から新たな血管が伸びてきて
血液の路を造るので、また足が動くようになる、とかそんな説明でした。

たーは両後ろ足とも麻痺してまったく動きませんでしたが、しっぽだけはパタパタ良く動いていて
脊髄梗塞の場合は、こういうことが多いそうです。また、片足だけの麻痺だったり、片側前後の足の麻痺など
詰まった場所によって色々パターンがあるそうです。
あまり痛がらないのもヘルニアとの違い、とおっしゃっていました。
それ以外にも、脊髄軟化症という恐ろしい病気もあって、ヘルニア・脊髄梗塞・精髄軟化症は初期症状がとても似ているので
MRIを撮らないと診断がつかない、ということでした。
そして、その脊髄軟化症ですが…これ単体で発症することはないそうです。
今回のように梗塞やヘルニア等で脊髄を傷つけたことをきっかっけに、
ごくごく希に脊髄軟化症に移行する場合がある、とのことでした。
脊髄軟化症になると、急激に脊髄が壊死していき、徐々に麻痺が頭までまわり、早くてその日のうち、長く生きながらえたとしても
10日ほどで死に至る、
今の医学では治療法がまったくなく、死を待つのみの恐ろしい病気だということでした。

説明時、脊髄軟化症になってしまったコのMRI画像も一緒に見せて頂き
「脊髄軟化症になると、こういった具合に脊髄が真っ白に光って映るのです」と説明を聞きました。
「さらちゃんの写真は、もやもやっと灰色で、このあたりが詰まっています」と比較して説明して下さいました。
さらちゃんは脊髄軟化症ではないけれど、これをきっかけに移行することもごく希にある、と心に留めておいて下さい、という
説明でした。
ああ、このRMIのコは死んでしまったんだな…と複雑な思いで写真をながめていました。
“心に留めておいて”程度のことで、確率としても決して多くはない、ということだったから
まさかこの時は、その恐ろしい病気に移行してしまうとは夢にも思わず
とにかく嬉しくて仕方がなかったのです。

それからたーを連れてKam動物病院へ戻りまた先生から更に詳しい説明と今後の治療方針を聞きました。
おそらく3日も経った頃から、徐々に足も動くようになってくるでしょう、ということでした。
先生から、今日は入院しましょうか、と提案があり、迷いましたが
Wさんに報告の電話を入れたところ「今日は病院にお泊まりさせたらいいよ。ママも疲れたでしょう。明日から仕事なんだったら
無理に連れて帰らない方が良いよ。病院なら安心でしょう?」と
言われたこともあり、その日から3泊病院にお泊まりさせました。

翌日(木曜日)、仕事の合間に病院に様子伺いの電話を入れましたが、昨日と変わらない、とのことでした。
更に次の日の金曜日に連絡を入れると、後ろ足に少し力が入るようになってきたとのこと。
1月31日(土)朝電話を入れると、後ろ足も立ち上がっているとのことでした。
ああ、この様子なら土日過ごせば、月曜日はお留守番できそうだな、とたーを迎えに行き
家に連れ帰りました。

帰り道、ペットサロンによってWさんやスタッフの皆さんにご挨拶しました。
あの豪快なWさんが、ぽろぽろと涙を流して喜んでくれたことが忘れられません。

《ここからは当時を思い出す作業がいまだ辛いので、当時つけていた日記原文です》

2月1日(日)
ずいぶん回復してきて、よろめきながらも歩けるようになった。
両後ろ足は完全に麻痺していたのに、動物の回復力ってすごいな、と感心。
ふらつきながらも後ろ足で顔をかくこともできた。
ただ、まだジャンプなどは出来ないので、私の膝に乗る時は前足でよじ登る感じ。
15センチほどの段差、下りられるが上れない。

2月2日(月)
AMほぼいつも通り。たまにコケっとなる。
あいかわらずジャンプできない。

2月3日(火)
歩行・小走りはほぼヨロつきなし。
カリカリは食べないがおやつはほしがる。

この辺りまでは、きっとまだ脊髄軟化症にはなっていなかったのだと思います。
私も、どんどん回復しているので、安堵しはじめたとこでした。


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コメント

読んでますよ、ふゆぅさん。
辛くて辛くて、涙がとまらないけど
でも読んでます。

もうすぐ命日ですね。

ありがとう。
もうすぐ命日…
でも、まだまだそんなに経った気がしないなぁ。
でも、1年経つんだね(T^T)
あんちゃんや、くくるんが大きくなる訳だね(^-^)

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